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2012年7月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

  7月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。


(748) 『国境の南、太陽の西』(著:村上春樹。講談社文庫)
P23 ~その五本の指と手のひらの中には、そのときの僕が知りたかったものごとや、知らなくてはならなかったものごとがまるでサンプル・ケースみたいに全部ぎっしりと詰め込まれていた。

P39 「怖いのよ」と彼女は言った。「なんだかこのごろ、ときどき殻のないかたつむりになったみたいな気持ちがするの」
「僕だって怖い」と僕は言った。「なんだかときどき水掻きのない蛙になったみたいな気持ちがする」

P141 「~つまらない本を読むと、時間を無駄に費やしてしまったような気がするんだ。そしてすごくがっかりする。~」

P175 「私はあのとき実は飛行機がもう飛ばなければいいと思っていたのよ」と彼女は言った。
 僕も同じことを考えていたんだよ、と僕は言いたかった。

P185 「~まず女に家を世話しちゃいけない。~それから何があっても午前二時までには家に帰れ。午前二時が疑われない限界だ。もうひとつ、友だちを浮気の口実に使うな。浮気はばれるかもしれない。~でも友だちまでなくすことはない」

P194 彼女は気取ったフランス料理店の支配店がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきで僕のキスを受け入れた。

P195 僕はできることなら娘にすぐにでも馬を買ってやりたかった。いろんなものが消えうせてしまう前に。何もかもが損なわれて駄目になってしまう前に。

P229 「しばらくというのはね、島本さん、待っているほうにとっては長さの計れない言葉なんだ」と僕は言った。

「そしてたぶんというのは重さの計れない言葉だ」

P260 「明日なんて禿ワシに食べられてしまえばいいのよ」と島本さんは言った。「明日を食べるのは禿ワシでいいのかしら」
「いいよ。ちゃんと合ってる。禿ワシは芸術も食べるけど、明日も食べるんだ」
「禿タカは何を食べるんだっけ?」
「名もなき人々の死体」と僕は言った。「禿ワシとはぜんぜん違うんだ」

P283 彼女の顔からは、表情という名前で呼ばれるはずのものがひとつ残らず奪い去られていた、と。それは僕に家具という家具がひとつ残らず持ち出されてしまったあとの部屋を思い起こさせた。

P296 「明日からもう一度新しい生活を始めたいと僕は思うんだけれど、君はそれについてどう思う?」と僕は尋ねた。
 「それがいいと思う」と有紀子はそっと微笑んで言った。

P298 夜明けを見たのは本当にひさしぶりのことだった。空の端の方に一筋青い輪郭があらわれ、それが紙に滲む青いインクのようにゆっくりとまわりに広がっていった。それは世界じゅうの青という青を集めて、そのなかから誰が見ても青だというものだけを抜き出してひとつにしたような青だった。

★★

 

 


(749) 『こんなツレでゴメンナサイ』(著:望月昭・画:細川貂々。文春文庫)
P31 ~そんなときに相棒に「会社に行く前に病院に寄っていくこと。それができないならリコンだ」と厳命されてしまったのである。

P56 僕が他人と自分を比べて焦り、妬みの感情を口に出すと、
「なんだか、吉田戦車の漫画のかわうそ君みたいだね。~」
 などと言って笑っていた。

P57 相棒は~傷つくことを次々と言い続け、確実にショックを与えるように言葉を選び、ギャフンというまで打ちのめしてしまったのだ。~僕は殺意としてそれを受け止めた。
~そんなことをする自分が怖く、死ぬことが怖く、おそらく悪意さえなく人を死に追いやろうとする普通の人(この場合は相棒)の残酷さが怖かった。

P198 相棒はイグに咬まれた傷の痕が一生残ってしまうと医師に聞かされたのだが、そのとき「イグは私たちよりも先に死んでしまうけど、イグが残した傷が一生残るっていうのは嬉しい」とさえ言っていた。


★★★

 
  


(750) 『困ってるひと』(著:大野更紗。ポプラ文庫)
P8 ~試練のミルフィーユか!~とひとり自分に突っ込みを入れてみる。

P9 こんな惨憺たる世の中でも~疲れきった顔のオジサンに飛びついて、ケータイをピコピコしながら横列歩行してくる女学生を抱きしめて、「だいじょうぶだから!」と叫びたい気持ちにあふれている。

P74 ~パパ先生の外来は、主にマダム層患者さんらが先生に叱られることを楽しみに通う、「どM外来」と呼ばれている。

P89 内視鏡検査では、患者を「ほめる」ことが重要なんだということが、この時判明した。
~終わった後の精神状態はぜんぜん違う。
「辛かった・・・」ではなく、「ふう、ひと仕事頑張れた」って感じ。

P105 「~突然ここへ来て~『自分もいつかこうなるのではないか』と、正直ショックだったのでしょう?」
「でもね~ここでこういうふうにしか生きられない、それでも生きている患者さんがいることを、忘れないでね。~」

P133 ~依然として「ご危篤」状態が続き~朦朧としてよくわからなくなっているなか、目の前に突如、二匹のムーミンが現れた。

P206 タイービルマ国境の難民キャンプですら、支援体制はもうちょっと易々と体系的に把握できたぞ。なぜ同じ「難病」なのに、これほどまでに認識が異なるのだろうか。

P235 「何でもするよ」
「何でも言って」
~でも、ひとは、自分以外の誰かのために、ずっと何でもし続けることはできない。
~三月末のある日。~三人は、深刻な面持ちで、こう言ってくれた。
「いろんなひとの、負担になっていると思う」
「こんなことを言うのは残酷だと思うけれど、周囲でも噂にもなっているんだよ」

P258 聴いてはならないものを、聴いた。
「見た?あれ。靴下もはけないとか言って、タイツなんかはいて。浮かれちゃって」
「痛い痛いとかって、好きなことはできんじゃないの」
~看護師さんと、クマ先生の、声だった。

~思考は、完全に停止した。
 ただ、涙だけが流れた。とめどなく。

P262 ねえ、こんなことって。こんなことってあるんだねえ。わたしなんかを、好きだと言ってくれるひとが、この世の中にまだいるなんて。
 明日がきてもいいかもしれない、と思った。おしりに洞窟がああっても、全身が痛んでも、ずっと苦しくても。明日また、あの人に会えるなら。

P304 十分程度たった後、さきほどの職員さんは~なんと膝までついて懇切丁寧に説明してくれた。
~このように懇切丁寧に対応していただくと、住民票に一通二百五十円支払うのも~自ら進んで払いたいような気持ちにすらなってくるではないか。

P306 「今日、とってもお疲れになったでしょう。大変でしたね」
 この職員のお姉さんの何気ないねぎらいの一言に、不覚にも涙が出てきた。
~でもこの瞬間、病院の外で、すなわち「社会」ではじめて、「がんばってるね」と、「生きてていいよ」と、誰かに認めてもらえたような気がしたのだ。

P324 そこで、偶然に。ファイルの隙間から見えてしまった。~本来であればわたしが見ることなくQ区に送られるはずだった「主治医の意見書」を。
~さまざまある支援項目の、ほとんどの欄に、「必要ない」のチェックマークが並んでいた~。
~「先生!どうして何も聞かないで勝手に決めるんですか!」
とはじめて喧嘩腰に啖呵を切った。
 すると我が名医は、
「いま忙しい!医学的に正しいことを書いた!本人に聞く必要はない!」
 とこれまた喧嘩腰に返答してきた。


★★★

 
  


(751) 『楊令伝 十三 青冥の章』(著:北方謙三。集英社文庫)
P160 生涯で、一度だけ愛された。小山のような躰をした自分を、ひょろりとした孫新が、間違いなく愛してくれた。

P226 「護国の剣が、折れた」
 岳飛の耳もとで、蕭桂材が呟くように言った。
「剣が、私に死ねと言ったのか」

P306 「~俺は、好きになれませんね。民とは、もっと慎ましやかなものです。小さな喜びが、喜びではない国になっている、と思いました。民に裏切られた俺が、こんなことを言うのも笑止ですが」


★★★

 
  


(752) 『親鸞(上)』(著:五木寛之。講談社文庫)
P360 にしのそらみて なむあみだぶつ
 みだはゆうひの そのさきへ


★★☆

 
  


(753) 『親鸞(下)』(著:五木寛之。講談社文庫)
P108 「~自力の念仏とは、仏たすけたまえ、と、こちらからよびかける念仏。~そんな情けない愚か者には、二度、三度とよびかけられるのが仏の慈悲。~まして、よばれるたびに何度もはいと愚直に答える者が、どうして救われないことがあろうか。~」

P236 人は他の人の悲しみの上にしか、自分の幸せをきずくことができないのだろうか。


★★★

 


  


 

 永続的に書評が大量に積み残し。



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