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2012年6月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

  6月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。


(733) 『1Q84 BOOK2前編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P43 「バーニー・ピカードは天才的な二塁手のように美しくプレイをする」と彼女はあるとき言った。

P49 大きな頭頂部は不自然なほど禿げ上がっており、まわりがいびつだった。その扁平さは、狭い戦略的な丘のてっぺんに作られた軍用ヘリポートを思い起こさせた。

P274 「説明しなくていい」と天吾は言った。説明されないとわからないのであれば、説明されてもわからないのだ。

P298 その30分後に、二人はそれぞれに汗をかき、激しく汗をかき、激しく息をついていた。まるで奇跡的なまでに深い性行為を成し遂げた恋人たちのように。

P327 世界とは、「悲惨であること」と、「喜びが欠如していること」との間のどこかに位置を定め、それぞれの形状を帯びていく小世界の、限りのない集積によって成り立っているのだという事実を、窓の外のその風景は示唆していた。

★★

 牛河、現る

 


(734) 『1Q84 BOOK2後編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P118 「~その青豆という名前の女の子は~僕という存在にとってのひとつの大事なおもしの役割を果たしていた。~」

「でもやっとわかってきたんだ。~その温もりや動きは、僕が見失ってはならないはずのものなんだ。そんな当たり前のことを理解するのに二十年もかかった。~」

P135 「~しかしいったんそれが見えたら、あとは彫刻刀をふるってそのネズミを木の塊の中から取り出すだけだ。~そいつはつまり、木の塊の中に閉じ込められていた架空のネズミを解放しつづけていたんだ」


★★★

 天吾と青豆。求め、すれ違う。
  


(735) 『1Q84 Book3前編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P12 髪をポニーテイルにした背の高い男は~壁についたしみを見るような目で牛河を見ていた。

P214 「悪くないよ。コンパクトで余計な飾りがない」
「ありがとう」と安達クミは言った。「そんな風に言われると、なんかホンダ・シビックになったような気がするね」

P315 あれからあと俺はいったいどんな勃起を体験しただろう。~思い出せないところを見ると、もしあったとしてもきっと二級品だったのだろう。映画でいえば員数合わせのプログラム・ピクチャーのようなものだ。


★★★

 天吾と青豆。天吾に会いたい。青豆は「留まる」決意をする。不思議な(不気味な)エネーチケーの男。
  


(736) 『1Q84 Book3後編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P121 惨めな長い三十五分間だったが、惨めな長い一時間半よりは遥かにましだ。

P182 しかし父親の貯金通帳を引き継ぐのは、天吾には気の滅入ることだった。重く湿った毛布を何枚か重ねて引き渡されるような気分だ。

P295 「論理の通らないことを論理的に説明するのはとてもむずかしい」
「~六本木のオイスター・バーで本物の真珠に巡り合うくらいむずかしいかもしれない。~」

P303 「遠くまで行くとあんたは言った」とタマルは言う。「どれほど遠くなのだろう?」
「それは数字では測ることのできない距離なの」
「人の心と人の心を隔てる距離のように」

「悪いけど、ヘックラー&コッホは返せないかもしれない」と青豆は言う。
「かまわない。~持っているのが厄介になったら東京湾に捨てればいい。そのぶん世界はささやかだが非武装に一歩近づく」

P326 ~二人は力を持たず知識を持たなかった。生まれてから誰かに本当に愛されたこともなく、誰かを本当に愛したこともなかった。~彼にわかるのは、この児童公園の滑り台の上で二人でこうして手を握り合いながら、沈黙のうちにいつまでも時を過ごすことができるということだけだった。

P378 「ねえ、私は一度あなたのために命を捨てようとしたの」と青豆は打ち明ける。~
「心から信じると言ってくれる?」
「心から信じる」と天吾は心から言う。

P392 夜明けに近くなっても、月の数は増えていなかった。

P393 今はその微笑みを信じよう。それが大事なことだ。彼女は同じように微笑む。とても自然に、優しく。

★★★☆

 天吾と青豆。ついに・・・・。それにしても、タマル、かっこいい。結局、リトル・ピープルについてはさっぱり分からないが。
  


(737) 『天地明察(上)』(著:冲方丁。角川文庫)
P8 ”明日も生きている”
”明日もこの世はある”
 天地において為政者が、人と人とが、暗黙のうちに交わすそうした約束が暦なのだ。

P135
 左手は火足(ひたり)すなわち陽にして霊。
右手は水極(みぎ)すなわち陰にして身。
~拍手は身たる右手を下げ、霊たる左手へと打つ。

P209 しわくちゃの顔をしただけで実はまったく歳を取っていない二人の少年が目の前にいるかのように錯覚され~体内の嫌な陰の気がどっと体外に放出されて、新たな気が入ってくるようだった。

P218 ~この世に生まれてから何度見たか知れないものだ。なのにそのときの夜空の広大さ、星々の美しさに思わず息を呑んでいた。これほどのものを、毎夜、目にすることが出来ながら、なぜ苦悩というものがこの世にあるのだろう。


★★★☆

 
  


(738) 『天地明察(下)』(著:冲方丁。角川文庫)
P24 ~若い頃はとんでもない荒くれ者だったらしい。真偽は知らないが~陰惨な辻斬り行為に耽ったという怖い逸話がある。心の慰めが激烈な殺人行為だったという凶人・徳川忠長に、けっこう気性が似ているそうな。

P47 ~”凶作と飢饉は天意に左右されるゆえ、仕方なしとすれども、飢饉によって飢餓を生み、あまつさえ一揆叛乱を生じさせるは、君主の名折れである”という結論に達したのである。
 これこそ正之という個人が到達した戦国の終焉、泰平の真の始まりたる発想の転換となった。

P67 「安井算哲よ。天を相手に、真剣勝負を見せてもらう」

P114 そこへ闇斎がすっ飛んできた。なんのためか。ただ一緒に泣くためである。闇斎はそういう人だった。

P123 君主の死を平然と口にする家臣、家臣に過去の勲功を焼かせる君主、これほど信頼の歯車が噛み合い、不都合なく回転するのも珍しい。

P164 春海としては、あの正之の半ば盲いた目にやどる、至誠の二字にふさわしい意志の輝きを思い出すだけで、どんな罵詈雑言も聞き流すことが出来た。

P245 大地たる経度の差。天における太陽との距離の誤差。~万民が長く抱き続けてきた大地と天の姿そのものに誤謬と正答を見たのである。~
「天地明察です・・・・・伊藤様」
 途端に、万感が込み上げてきた。~
「やったよ、えん」
 ぼんやり告げた。

P273 貞亨元年十月二十九日。
 大統暦改暦の詔が発布されてから僅か七か月後のその日。
 霊元天皇は、大和暦採用の詔を発布された。


★★★

 俗に言う「キャラが立っている」というか。登場人物がすごく魅力的。映画化されているようだが、この魅力がうまく映せれば名作になるだろうけど、どうだろう?
  


(739) 『楊令伝(十二)』(著:北方謙三。集英社文庫)
P184 不正をなさない。人を裏切らない。卑怯なことはしない。いつのころからか、そんなふうに生きなければならないのだ、と思うようになった。
 それだけのことだ。

P277 作戦も、指揮官から兵にいたるまでの動きも、すべて平凡である。
 しかし、屈しない。屈しないことだけは、平凡でもできるのだ。


★★★

 
  


 

(740) 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)』(著:村上春樹。新潮文庫)
P22 若くて美しくて太った女と一緒にいると私はいつも混乱してしまうことになる。~
 ただの太った女なら、それはそれでいい。ただの太った女は空の雲のようなものだ。

P23 人間の太り方には人間の死に方と同じくらい数多くの様々なタイプがあるのだ。

P40 まるでビニール・ラップにくるまれて冷蔵庫に放りこまれそのままドアを閉められてしまった魚のような冷ややかな無力感が私を襲った。

P80 サンドウィッチを食べているときの老人はどことなく礼儀正しいコオロギのように見えた。

P87 トラブルの大部分は曖昧なものの言い方に起因していると私は思う。世の中の多くの人々が曖昧なものの言い方をするのは、彼らが心の底で無意識でトラブルを求めているからなのだと私は信じている。

P116 誰だってあわてて転ぶことくらいはあるにしても、野球の試合中に二三塁間で転ぶべきではないのだ。

P142 「やれやれ」と彼女は言った。「あなたの家に行く道順を教えていただけるかしら?」

P206 「先はないのよ」と彼女は言う。「あなたにはわからないの?ここは正真正銘の世界の終りなのよ。私たちは永遠にここにとどまるしかないのよ」

P215 「やれやれ」と言って私は時計を見た。

P220 ~私にわかったことは、あらゆる酒の中ではウィスキーのオン・ザ・ロックが視覚的にいちばん美しいということだった。

P225 ここのところ、私の判断力にはかなりのミスが目立っていた。一度ガソリン・スタンドにいってボンネットをあけて見てもらった方がいいかもしれない。

P244 「やれやれ」と言って私は冷蔵庫から缶ビールを出して飲んだ。

P276 私はドストエフスキーの小説の登場人物には殆ど同情なんかしないのだが、ツルゲーネフの小説の人物にはすぐ同情してしまうのだ。

P281 どうやら私の眠りはひどく安い値段で競売にかけられているようだった。みんが順番にやってきて、中古車のタイヤの具合をためすみたいに私の眠りを蹴とばしていくのだ。

P323 「どうしてそんなにお酒を飲むの?」と娘が訊いた。
「たぶん怖いからだな」と私は言った。
「私も怖いけどお酒飲まないわよ」
「君の怖さと僕の怖さとでは怖さの種類が違うんだ」
「よくわからないわ」と彼女が言った。
「年をとるととりかえしのつかないものの数が増えてくるんだ」と私は言った。
「疲れてくるし?」
「そう」と私は言った。「疲れてくるし」

P351 「やれやれ」と私は言ってため息をついた。

P360 「やれやれ」と私は力なく言った。


★★★

 
  


(741) 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』(著:村上春樹。新潮文庫)
P31 やれやれ、なんだって私は彼女とベッドに入ったときにうまく勃起することができなかったのだろうと、と私はまた思った。

P45 「いったいどのあたりまで水はあがってくるんだろう?」と私は私の二歩か三歩上にいる娘に声をかけてみた。
「かなりよ」と彼女は手短かに答えた。~
「いちばん上までは何段くらいあるんだろうね?」
「ずいぶんよ」と彼女は答えた。立派な答だ。想像力に訴えてくる何かがある。

P70 「やれやれ」と私は言って平らな岩の上に身を横たえ、何度か深呼吸をした。

P109 「~車輪はどんどん回転を速めており、誰にもそれを停めることはできんのです」
「やれやれ」と私は言った。

P122 「やれやれ」と私は言った。「本当に何も打つ手はないのですか?~」

P164 私はユーゴスラビアの田舎で羊飼いとして生まれ、毎晩北斗七星を眺めながら暮らすことだってできたんじゃないかとふと思った。

P220 「やれやれ」と言って影はベッドの上で身を起こし、壁にもたれかかった。

P244 「ボブ・ディランって少し聴くとすぐにわかるんです」と彼女は言った。~「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声なんです」

P261 じっと見ていると高校生というのはみんなどことなく不自然な存在であるように思えた。~もっとも彼らの目から見たら私の存在の方がずっと不自然に映ることだろう。~人はそれをジェネレーション・ギャップと呼ぶ。

P332 私は声をあげて泣きたかったが、泣くわけにはいかなかった。~世界には涙を流すことのできない哀しみというのが存在するのだ。

P340 誰にも雨を止めることはできない。誰も雨を免れることはできない。雨はいつも公正に降りつづけるのだ。
~私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。

P344 「僕はここに残ろうと思うんだ」と僕は言った。
 影はまるで目の焦点を失ったようにぼんやりと僕の顔を見ていた。

P347 影を失ってしまうと、自分が宇宙の辺土に一人で残されたように感じられた。僕はもうどこにも行けず、どこにも戻れなかった。そこは世界の終りで、世界の終りはどこにも通じてはいないのだ。


★★★

 動的な「ハード~」と静的な「世界の終り」とが交互に展開する。途中までは、どうしても派手な「ハード~」の方のストーリーを追うことが中心になってしまう。しかし、妙に心に残るのは「世界の終り」。その両者がだんだん歩み寄っていく終盤は、気持ちが高まってきた。
  


(742) 『火車』(著:宮部みゆき。新潮文庫)
P123 智は目を伏せた。そうして、また足をぶらぶらさせた。目に見えない「不機嫌」というスリッパを、そうやって脱ぎ捨てようととしているようだった。

 ホチキスで連続して書類を綴じているとき、針がなくなると、空打ちする。ちょうどそんな感じで、本間の頭が空振りした。

P253 しかし、公共の場所で携帯電話を使ってしゃべり散らしている人間というのは、どうしてこうそろいもそろって声が大きく、また馬鹿面に見えるのか。

P265 人間は痕跡をつけずに生きてゆくことはできない。脱ぎ捨てた上着に体温が残っているように、櫛の目の間に髪の毛がはさまっているように。

P440 かすかだが、声の調子が狂っていた。まるで、その話をするためには、日常使うことのない、まったく調律されていない鍵盤を引っ張りだしてきてたたかなければならないのだ、というように。

P496 「でね、そういう人は、自分の気に入らないことを見つけると、まずそれをぶっこわしておいてから、ぶっこわした理由をでっちあげるんだってさ。~えっとね、大切なのは、どんなことを考えたかってことじゃなくて、どういうことをしたかってことなんだって」

P582 大きすぎて目に入らなかった標識を見つけたときのように、新鮮な驚きを感じながら、本間は思った。


★★★

 
  


 

(743) 『ねじまき鳥クロニクル 第1部泥棒かささぎ編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P13 ~その女の言う「十分間でわかりあうことのできる何か」というのが気になりはじめてきた。~それは九分では短すぎるし、十一分では長すぎるのかもしれない。ちょうどスパゲティのアルデンテみたいに。

P50 「今夜は帰りが遅くなるから」という電話を家にかけるくらい三十秒あれば足りる。電話なんてどこにだってある。でもそれができないこともあるのだ。

P122 「~好奇心というのは信用のできない調子のいい友達と同じだよ。~」

P134 「~これまでの人生で、何かを本当に欲しいと思ってそれが手に入ったことなんてただの一度もないのよ。~」

P185 痛みのない生活・・・それは私が長いあいだ夢見てきたものでした。しかしそれが実際に実現してみると、私はその新しい無痛の生活の中にうまく自分の居場所をみつけることができませんでした。

P211 「でもね~人生ってそもそもそういうものじゃないかしら。みんなどこかしら暗いところに閉じ込められて~だんだんゆっくりと死んでいくものじゃないかしら。~」

P265 蒙古の夜明けというのは~ある瞬間に地平線が一本の仄かな線となって闇の中に浮かび上がり、それがすうっと上の方に引き上げられていきました。まるで空の上から大きな手がのびてきて、夜の帳(とばり)を地表からゆっくりとひきはがしているみたいに見えました。


★★★

 
  


(744) 『ねじまき鳥クロニクル 第2部予言する鳥編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P63 「~ある種の下品さは~あるポイントを過ぎると、それを止めることは誰にもできなくなってしまう。~」

P101 人々はみんな難しい陰気な顔をしていた。それはムンクがカフカの小説のために挿絵を描いたらきっとこんな風になるんじゃないかと思われるような場所だった。

P147 でもはっきりしていることがひとつだけある。それは「僕はもう誰にも求められてはいない」ということだ。

P312 叔父は微笑んだ。「それをうまくやるためのコツみたいなのはちゃんとあるんだ。~コツというのはね、まずあまり重要じゃないところから片づけていくことなんだよ。~何か大事なことを決めようと思ったときはね~その馬鹿みたいなところにたっぷりと時間をかけるんだ。~」

P334 「~僕はここから出ていくことはできる。でもここから逃げ出すことはできないんだってね。~」

P361 それはそこにあるのだ、と。何もかもが僕の手からこぼれ落ちていったわけではない。~そこにはまだ何かが、何か温かく美しく貴重なものがちゃんと残されているのだ。それはそこにあるのだ。僕にはわかる。


★★★

 
  


 

(745) 『ねじまき鳥クロニクル 第3部予鳥刺し男編』(著:村上春樹。新潮文庫)
P116 「中尉さん、役所仕事というのはいつも「こういうものなんです」、その中国人の園長は気の毒そうに中尉に言った。「必要なものは常にそこにないんです」

P146 私が薄毛の人たちを見て強く感じるのは~「すり減っていきつつある」という感覚なのね。~「意志あるところに道は通じる」なんてことは、こと抜け毛に関してはほとんど通用しないの。遺伝子がある時点で「さあ、そろそろやるか」と思って腰を上げたら(遺伝子に腰なんてものがあるかどうか知らないけれど)、髪はただはらはらと抜けていくしかないのです。

P162 できそこないのエクトプラズマのような不思議な柄の入ったネクタイは、オズモンド・ブラザーズくらい大昔からそこにずっと同じかたちで結ばれっぱなしになっているみたいに見えた。

P168 「~外に出るとみんなにへいこらへいこらして『おい、ウシ』って呼びつけられているんです。~でもですね、家に帰るとそのぶん女房を殴るんです、へへへ、どうです、最悪でしょう。~子供が止めに入ると、ついでに子供まで殴るんです。~鬼ですね。~自分で自分が抑えられないんですね。~それでね五年前に五つの女の子の腕を思いきり折っちゃいましてね、ポキンと。~」

P198 今私のまわりにいる人たちは、三年後の自分の居場所がだいたいわかっている人たちです。あるいはわかっていると思っている人たちですね。

P220 実を言うと私にとって眠れない夜はベレー帽の似合うおスモウ取りくらいに珍しいのです。

P319 彼は自分が常に運命の都合どおりに「決断させられている」と感じていた。

P368 「~一人の人間が誰かを憎むとき、どんな憎しみがいちばん強いとあなた思いますか?それはね、自分が激しく渇望しながら手に入れられないでいるものを、苦もなくひょいと手に入れている人間を目にするときですよ。~それも相手が身近にいればいるほど、その憎しみは募ります。~」

P509 僕は目を閉じて眠ろうとした。でも本当に眠ることができたのはずっとあとになってからだった。どこからも誰からも遠い場所で、僕は静かに束の間眠りに落ちた。


★★★

 
  


 

(746) 『ダンス・ダンス・ダンス(上)』(著:村上春樹。講談社文庫)
P10 哀しげなホテルだった。十二月の雨に濡れた三本足の黒犬みたいに哀しげだった。

P29 女性誌というのはそういう記事を求めているし、誰かがそういう記事を書かなくてはならない。ごみ集めとか雪かきとかと同じことだ。

P34 彼はいつも不安そうな目で人の顔を見た。自分はこれから何を失おうとしているのだろう、というような目で。そんな目つきのできる猫は他にはちょっといない。

P42 僕はその社会の中では町はずれの廃車置き場のような位置をしめていた。何かの具合が悪くなると、みんな僕のところにそれを捨てにきた。

P49 我々はプロである。清潔な白手袋をはめ、大きなマスクをつけ、染みひとつないテニス・シューズをはいた死体処理係のように。

P78 ブルーグレーの壁には抽象画がかかり、BGMに小さくジャック・ルーシュのプレイ・バッハがかかっていた。そんな床屋に入ったのは生まれて初めてだった。~そのうちに風呂屋でグレゴリオ聖歌が聞けるかもしれない。税務署の待合室で坂本龍一が聞けるかもしれない。

P188 僕の同級生の出ている映画だ。やれやれ、と僕は思った。

P199 「やれやれ」と僕は言った。~
「そうよ。何だ、ちゃんと知ってるんじゃない」
「やれやれ」と僕は言った。

P201 「トーキング・ヘッズ」~悪くないバンド名だった。ケラワックの小説の一節みたいな名前だ。

P206 フォークナーとフィリップ・K・ディックの小説は神経がある種のくたびれかたをしているときに読むと、とても上手く理解できる。

P210 「今でも聴いている。~でも~昔ほどは感動しない」
「どうしてかしら?」

「本当にいいものは少ないということがわかってくるからだろうね」と僕は言った。

P216 「~何かを見つけては、それをひとつひとつ丁寧におとしめていくんだ。~それを人々は情報と呼ぶ。~」

P237 馬鹿気た話だけど、ここの店のレタスがいちばん長持ちするのだ。~閉店後にレタスを集めて特殊な訓練をしているのかもしれない。

P241 「また今度」と彼女は言って思いきりがちゃんと電話を切った。
 やれやれ、と僕は思った。

P249 「~でも、人間て不思議だよ。~僕は昔は人間は一年一年順番に年をとっていくんだと思ってた」と五反田君は僕の顔をじっとのぞきこむようにして言った。「でもそうじゃない。人間は一瞬にして年をとるんだ」

P293 トルーマン・カポーティの文章のように繊細で、うつろいやすく、傷つきやすく、そして美しい四月のはじめの日々。

P311 「死んでる」と文学が文学的に繰り返した。「すごく死んでる。非常に死んでる。全く死んでる。~」

P339 「警察は楽しかった?」とユキは訊いた。
「ひどかった」と僕は言った。「ボーイ・ジョージの唄と同じくらいひどかった」


★★★

 
  


(747) 『ダンス・ダンス・ダンス(下)』(著:村上春樹。講談社文庫)
P7 本当に綺麗な子だ、と僕は思った。じっと見ていると心のいちばん深い部分に小さな石を投げ込まれたような気がする。

P10 パックマンみたいだ。ぱくぱくぱくと迷路の中の点線を食べていく。無目的に。そしていつか確実に死ぬ。

P60 ビーチに出るとき、彼女は必ずそのラジオ・カセットを持っていった。もちろん持つのは僕の役目だった。僕がそれをターザン映画に出てくる剽軽な原住民みたいに肩にかついで(「旦那、この先には行きたくねえだ。悪魔が住んでるだ」)彼女の後ろに従った。

P60 ~ある種の輝きを有しながらもそれを普遍化する能力が幾分不足した(不足していると僕には思える)ジョー・ジャクソン、どう考えても先のないプリテンダーズ、いつも中立的苦笑を呼び起こすスーパー・トランプとカーズ・・・・

P97 「ゆっくりとしかるべき時が来るのを待てばいいんだ。何かを無理に変えようとせずに、物事が流れていく方向を見ればいいんだ。~」

P118 僕は何度も妻を傷つけて、何度も謝った。~どうしてそんなに傷つくんだろう、と僕はよく思ったものだ。~でも僕はいつもそういう時には我慢強く謝り、説明し、その傷を癒すように努めた。そしてそういう作業を積み重ねることによって我々の関係は向上していると考えていた。でも結末を見ればわかるように、多分向上なんかしなかったんだろう。

P146 僕が「それはよかった」という台詞を使うのは、他に何ひとつとして肯定的言語表現方法を思いつけず、しかも沈黙が不適当であるという危機的状況に限られている。

P172 「~必要というものはそういうもんじゃない。~それは人為的に作り出されるものなんだ。~」

P180 やれやれ、と僕は思った。マセラティだって。

P187 手詰まりになったときには、慌てて動く必要はない。じっと待っていれば、何かが起こる。

P194 「~もう私になんか電話しないで。私、長距離電話料金に値するような人間じゃないのよ」

P210 「悪い男じゃない。ある意味では尊敬にさえ値する。でもときどき品の良いごみ箱みたいに扱われる。~」

P211 「~ねえ、いいかい。ある種の物事というのは口に出してはいけないんだ。口に出したらそれはそこで終わってしまうんだ。~」

P229 「~想像力のないやつらに限って自己合理化が素早いんだ。~」

P233 「~彼女が耳を見せると、それだけでそこにある空間が変化してしまうんだ。世界のありようが一変するんだ。~」

P302 駐車場のマセラティもなくなっていた。やれやれと思った。

P330 ねえユミヨシさん、僕をこれ以上一人ぼっちにしないでくれ。~君がいないと僕は遠心力で宇宙の端っこの方に吹き飛んでいってしまいそうな気がするんだ。

P350 「耳を澄ませば求めているものの声が聞こえる。目をこらせば求められているものの姿が見える」

P365 上手く声が出るだろうか?僕のメッセージは上手く現実の空気を震わせることができるだろうか?いくつかの文句を僕は口の中で呟いてみた。そしてその中からいちばんシンプルなものを選んだ。
「ユミヨシさん、朝だ」と僕は囁いた。


★★★

 
  


 

 永続的に書評が大量に積み残し。



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