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2012年4月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

  4月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。


(726) 『1Q84 Book1前編』(著:村上春樹。新潮文庫)

P12
 歴史が人に示してくれるもっとも重要な命題は「当時、先のことは誰にもわかりませんでした」ということかもしれない。

P17 なのにその音楽の冒頭の一節を聴いた瞬間から、彼女の頭にいろんな知識が反射的に浮かんできたのだ。開いた窓から一群の鳥が部屋に飛び込んでくるみたいに。

P52 ときどき冬の夜空で星が瞬くように、眼光が鋭くなる。

P71 うらぶれて色褪せたゴムの木だった。~青豆はそのゴムの木に同情しないわけにはいかなかった。もし生まれ変われるとしてもそんなものにだけはなりたくない。

P86 批判にも我慢ならない。とくにそれが女性から向けられた場合には。

P93 私はここにいるが、同時にはここにいない。~アインシュタインの定理には反しているが、しかたない。それが殺人者の禅なのだ。

P105 唇をまっすぐに結び、天吾の顔を正面から見ているだけだ。見たことのない風景を遠くから眺めるみたいに。

P113 ふかえりは視線をそらすことなく、天吾の目をまっすぐに見ていた。窓ガラスに顔をつけて空き家の中をのぞくみたいに。

P123 ふかえりの簡潔な語法には、不思議な説得力があった。口にするひとつひとつの言葉に、サイズの合った楔のような的確な食い込みが感じられた。

P149 本人がなんと思おうと、それは間違いなくハゲなの、と青豆は思った。もし国勢調査にハゲっていう項目があったら、あなたはしっかりそこにしるしを入れるのよ。天国に行くとしたら、あなたはハゲの天国にいく。

P159 「どんなに才能に恵まれていても腹一杯飯を食えるとは限らないが、優れた勘が具わっていれば食いっぱぐれる心配はないってことだよ」

P207 「~気の毒な警官が三人、ミシンをかけられたみたいにずたずたにされた。~」

P277 「~小松さんも文学に憑かれた人間の一人です。そういう人たちの求めていることは、ただひとつです。一生のうちにたったひとつでもいいから間違いのない本物を見つけることです。~」

P298 青豆ほど睾丸の蹴り方に習熟している人間は、おそらく数えるほどしかいないはずだ。

P299 「あれは、じきに世界が終るんじゃないかというような痛みだ。~」~
「じゃあ逆の言い方をすれば、じきに世界が終るというのは、睾丸を思い切り蹴られたときのようなものなのかしら」と青豆は尋ねた。

P354 そしてあるときその少女は天吾の手を握った。よく晴れた十二月初めの午後だった。

★★☆

 女性の登場人物の魅力と、「比喩」の巧みさはいつも感じるところ。「ハゲの国勢調査」のくだりは笑った。

 


(727) 『1Q84 Book1後編』(著:村上春樹。新潮文庫)

P89
 「好きになった人は一人だけいる」と青豆は言った。「十歳のときにその人が好きになって、手を握った」

P93 「一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いがある。たとえその人と一緒になることができなくても」

P98 「だからかたちだけだって。舌まで使ってない」
「やれやれ」、青豆はこめかみを指で押さえ、ため息をついた。

P208 「~聖書に字義的に反しているからといって、生命維持に必要な手術まで否定するような宗教は、カルト以外の何ものでもありません。~」

P285 細かいミスやちょっとした手違いが惨事へと結びつきかねない。それはセックスというよりはむしろ、任務の遂行に近いものになった。

P324 「あいつらはね、忘れることができる」とあゆみは言った。「でもこっちは忘れない」~
「歴史上の大量虐殺と同じだよ」

P360 「~私はあなたのおちんちんがけっこう大好きなの。~硬いときにも柔らかいときにも。病めるときにも健やかなるときにも。~」


★★★☆

 別々に描かれてきた天吾と青豆が、ここで関連が示された。二人は今後、どう交わるのか。

 それと、リトルピープルなどの壮大な枠組みがだんだん姿を現し始める。



(728) 『楊令伝(七) 驍騰の章』(著:北方謙三。集英社文庫)

P19
 「志がある。夢がある。それぞれの、思いもある。どのひとつをとっても、それは誇りだ。人が生きてゆくための、誇りなのだと思う。こんなことは、口でいうべきではないだろう。だから、一度しか言わない。梁山泊の力は、誇りの力だ。~」
 楊令が、人の前でこれほど喋るのは、はじめてだろう。~
「人がなぜ生きて、なぜ闘うのか、俺は俺で考えた。~答は、それぞれの胸の内にあればいい。自らへの問いかけを忘れなければ、人は、誇りを失わずにいられるものだと思う」

P121 「資格があるのかどうか、不安なのです」
「心の中にある矜恃。それが、資格だ」

P135 生き残った自分は、非凡さに勝ったのか。そうとは、思えなかった。二人が、真に非凡ではなかったゆえに、自分は生き残っているのではないか。

P196 「ただ、指揮官は部下の死については、悩み、考えるべきだ。~」

P226 もともと、悲しみを抱えて、生まれてきたような気がする。その悲しみを、わずかでも癒し続けていくというのが、人が生きるということなのだ。~
 自分は、生きていていいのだ。人はみんな、生きていていいのだ。~
~生まれた時に抱いていた悲しみと、死ぬ時に抱いている悲しみは、どこか違う。その違いこそが、生きていた証だ。

P300 遮る者を、斬り倒す。一里ほど疾駆したら、敵兵は遮ることもやめ、ただそこにいるだけになった。

P309 「あの突撃で、楊令殿はさまざまなものを払拭した。ほんとうに頭領で、自分たちとともに闘ってくれるのだろうか、という多くの兵の疑念を消した。同時に、自分たちがしっかり闘わないかぎり、頭領はまた突っこんでいきかねない、とも思わせたはずじゃ」

P362 穆凌一騎が突出した。そう思った時、穆凌の剣が、光を放った。~穆凌は一千騎と乱戦になっている。五千騎が、近づいてきた。その五千騎の先頭を、呼延灼は鞭で叩き落とした。~
 押す。全身の気力で押す。俺は、双鞭呼延灼だ。死にたい者だけが、俺の前に来い。~
「勝ったぞ、九紋竜」
「おお、双鞭。勝った。趙安の首は、ここにある」
「梁山泊に帰還する」~
「教えておく、双鞭。おまえは、勝ったが、いま死のうとしている」

「おまえは、俺の、息子だ」
 言えた。やっと、言えた。一度口に出してしまえば、たやすいことだった。
「俺の、鞭を」
 おまえにやる。それは、もう言えなかった。

★★★

 いよいよ宋禁軍との決戦!

 


(729) 『楊令伝(八)箭激の章』(著:北方謙三。集英社文庫)

P18 「私が、人の心に光を放つような人間に見えるのか、杜興?」
「いや、人の心の闇を拡げる、というように見えるが」
 まさしくそうだろう、と呉用は思った。
 生まれながらになにかを持った者だけが、人の心に光を放つ。

P88 「どうだ、侯真。徐絢の味は?」
 束の間、考えた。それから、何を言われたかわかった。
 はっきりと、戴宗が嫌いになった。

P109 「勝つために、死はいとわぬ」
 扈三娘は、横をむいて言った。~死のうと、はっきり言葉で思ったことはないが、この身を消してしまいたい思いに駆られることが、平時でもしばしばあるのだ。

P121 扈三娘は、全裸で寝台に横たわっていた。
「来て」
 扈三娘が言った。
 自分がどうしたのか、花飛麟にはよくわからなかった。

 一丈青扈三娘は自分の妻だ、と花飛麟は叫びそうになった。
 疾駆する。扈三娘は、並んで駆けていた。

P178 言葉は、思いを、風に舞う枯葉のように、軽くむなしいものにするだけだ。

P185 ~頭領がやるべきことは、大したものではない。極端に言えば、いるだけでいい、というところがある。

P186 「苦労をかけ続けている」
「えっ?」
「その苦労に報いるものが、なにもないのが、私としては苦しい」~
 戴宗が、自分を嫌っていることを、呉用は以前から自覚していた。嫌われるだけの、要求もしてきたのだ。

「~二万、三万の軍に匹敵する、とよく言っている。~」
 楊令が、戴宗の苦労について、なにか喋ったことなどなかった。~
 それでも戴宗にそう言っておくのは、呉用の仕事のひとつだった。~
 戴宗が涙ぐみそうな眼をしていた。

P224 「考えてみろ、宣賛。われわれは、この寨の守備に一万五千が必要だ、と考えた。一万五千を守備に置くか、一兵も置かないか。それでいいのだ」~
「承知できません、私には」
「おまえが承服する必要などない。できもすまい。私の責任でやることだ」~
「全員を集めろ」
 太鼓が、叩かれた。~
「出動するぞ。俺たちは、一万五千全員で闘う。一緒だ。この寨に残る連中は、死ぬ覚悟をしてくれた。それを忘れずに闘え。一緒に、死のう」
 一度、しんとした。それから、五千は声をあげた。
 隊ごとに、整列した。守兵のひとりもいない正門を、郭盛は戦闘で駆け抜けた。

P229 見えているのは、童貫だけだ。邪魔をする者は、すべて倒せばいい。~
 不意に、横から風が通りすぎた。~
「その馬鹿を、引き摺ってこい」
 史進の声だった。~
「花飛麟殿、自分が死ぬのは、勝手です。しかし、無駄に兵を死なせることは、花栄殿が許されません」
「済まん、班光。俺は、大丈夫だ」

P238「楊令殿」
「なんだ、郭盛?」
「言葉を交わせて、俺は嬉しい」
「俺も、郭盛。なにしろ、読み書きは俺が教えたんだからな」
「方天戟は、俺が教えた」
「ともによく、秦明殿に叱られた」
「そうだった」
「また会おう、郭盛」
 楊令が、ちょっと笑顔を向けて、駆け去っていった。自分が、涙ぐんでいることに、郭盛は気づいた。

P335 小石の袋。残っているのは、ひとつだけだった。~
 岳飛を狙って、渾身の飛礫を打った。当たった。思ったが、岳飛はそれを、斬り落としていた。~
 岳飛が、追いすがってきた。後ろから、斬られたくはない。
~また、反転。いま、飛礫を打てば。岳飛。近づいてくる。

「俺だけかよ」
 史進は駆けながら、声に出して呟いた。


★★★

 花飛麟と扈三娘の交錯と別離。呉用の変革。史進の呟き・・・・。





(730) 『楊令伝(九)遥光の章』(著:北方謙三。集英社文庫)

P35 騎乗のまま、郭盛は言った。
「俺は、愉快だぞ。この戦で、真中にいられる軍が、ほかにあるか。~」
 兵の気持を、鷲掴みにすることだった。


P59 「くやしいなあ」
 そばに立った花飛麟に、祖永は言った。
「俺は、伯父貴ほど、勇敢に闘っていない。俺のことなんか、みんな、すぐ忘れるんだろうな」

「おい、花飛麟、愛しただと。惚れたと言え。男は、女に惚れるんだよ」
「惚れた女に、死なれた」
「同情するぞ、花飛麟」
「おまえのことは、忘れない」
「ちゃんと生きたら、ちゃんと死ねる。ざまあみろ。俺は、寝たまま死んだりはしねえんだよ。自分の脚で、立って死ぬ」


P86 童貫の、頬の傷まで、はっきり見えた。~
 自分が、どう動いたのか。まだ、雷光の上にいた。~
 穏やかな表情だ、と思った。笑っているような気さえした。~
「お久しぶりです、元帥」
 それだけを、楊令は言った。
 不意に、涙がこみあげてきた。


P126 狄成は、木の枝でも払うように、李明の首を払った。~
 生きていれば、李逵のような男をもう一度見ることもできる。


P183 「だけど、自分のために闘うべきなんです。~自分のためだと思ったら、死ねます。博奕がはずれた、と思えばいいんですから」

P199 「戦場ではいつも、俺の代わりに討たれようと郝瑾はしていた。いまそれを思い出すと、胸が潰れそうな気がしてくる」
「ありがとうございます、楊令殿。楊令殿の涙で、私の母としての悲しみは、乗り越えられます」
 それだけ言い、陳娥は石段を駆け降りていった。


P211 「~帝など、国には要らないのだ。苦しみや悲しみがあっても、民のための国があればあ、民は救われる。それこそが、光だ。~」

P231 「なんとかしてくれ、劉光世。私の命など、どうなってもよい。陛下を、お守りできるなら、死んでも構わぬ」
 この国のために、もう働きたくない、と劉光世は思った。ただ、この老人のために、もう一度だけ働いてもいい。


P328 夢物語は、自分が思いつかなかったから夢なのだという自覚が、呉用にはある。

P357 昨夜、天下を取らせようと徐史と話をした岳飛が、喧嘩の話などするのが、どこかおかしかった。
 この野心のなさは、貴重なものである、と孫範は思った。



★★★

 童貫!この章はこれに尽きるだろう。同感?

  


 

 

 永続的に書評が大量に積み残し。



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